2008年10月31日

『終戦日記』大佛次郎

 どんな組織もやがては腐っていく。そうならないために、時々の改革が必要となる。改革は苦痛を伴う。だが、この痛みから逃げることは、その先のさらなる痛みへの遭遇を意味する。取り返しのつかない事態に、立ち向かうことができるのだろうか。時に至っては、もう遅いのである。

 大佛次郎『終戦日記』(文春文庫)は、昭和19年9月から翌年10月までの日記である。戦災による人心の荒廃や、軍部や官僚の腐った様子もそこここに見てとれる。
 例えば、
「Kの話、主計をしているから分るが軍人ぐらい金に汚いものはない。それから地位を守る為にさかんにつかいものをしてそれを経理に払わせる。機密費は200ぐらいなので払い切れぬ。すると露骨不機嫌なのである。」(昭和19年10月21日)
「今ちゃん比島行、レイテは天目山とのことにて派遣さられ行って見ると、レイテは一箇月前に駄目になっていた。かかる事情中央では知らず派遣したる也。連絡がなっていないというよりデタラメに戦争しいるなり。」(昭和20年7月29日)
「林房雄の裏に高射砲陣地出来、そこへ砲を運び上げるのに他に地所があるのにとうなすの畑にひき入れ、めちゃくちゃにする。林夫人がなじると、戦争ととうなすとどっちが重要か知っているかという。」(昭和20年8月4日)
「宗源(朝比奈宗源:臨済宗の禅僧――引用者註)、国民を敵襲にさらし自分たちは穴へ隠れる工夫のみしていて何が皇軍かと激しく語る。」(昭和20年8月18日)
「敵占領軍の残虐性については軍人から出ている話が多い。自分らが支那でやって来たことを思い周章しているわけである。日本がこれで亡びないのが不思議である。」(昭和20年8月20日)

 戦争に突っ走っていった軍部は、すでに腐った組織となっていた。軍部に限らず官僚もまた然り。良識ある声は怒号によって掻き消される。感情をコントロールすることはもはや出来なかったようだ。その点、大佛は冷静さを失わなかった。それが『終戦日記』である。

 ところで、終戦記念日が近づくと戦争を題材にした番組が多くなる。もともと日本が仕掛けた戦争であるにも拘わらず、その原因には目をつぶり、戦争被害による悲惨さをクローズアップしてみせる。戦争は悲惨である、戦争はいけないと強調するのである。
どんな被害を受け、どんなひどい目に遭ったのかを知ることは大切であろう。
だが、どんな被害を彼の地でもたらし、どんなひどい目に遭わせたのかを、多くは語ろうとしない。

 何をされたか、それ以上に何をしてきたのか、語るべきである。
 それでこそ、平和を愛すると云えるのである。




【今回紹介した本】
『終戦日記』大佛次郎
文春文庫
2007年7月10日 第1刷
¥943(+税)
※単行本『大佛次郎 敗戦日記』(1995年4月、草思社刊)を増補改題。

【著者資料】
大佛次郎(おさらぎ・じろう)
明治30(1897)年、横浜市生まれ。
本名・野尻清彦。長兄は英文学者の野尻抱影。
「鞍馬天狗」シリーズをはじめ、『赤穂浪士』『パリ燃ゆ』など、時代小説やノンフィクションと幅広く作品を手がけた。
昭和48(1973)年逝去。
posted by 蛇崩緑堂 at 14:19| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
リンク集
ないものはない!お買い物なら楽天市場

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。