2009年02月05日

『東京の都市計画』越沢明

 東京23区の地図を眺めている。やはりおかしい。
 きれいに区画整理がなされているところと、そうでない場所の差がくっきりと表れている。多くの場合、整理された場所には幹線道路や準幹線道路、生活道路が効率よく張り巡らされている。未整理地区はスプロール(無秩序な市街化)である。しかもスプロールは高度経済成長期にも、いや戦前にすら、大がかりに手がつけられた形跡がない。昔の地図と見比べても、さしたる変化は見られないのである。
 震災や戦災で辛うじて残ったにしても、なぜ何十年も放ったらかしにされたのだろうか?

 杉並区の井荻周辺と、天沼、鷺宮地区の差は歴然である。また、世田谷区の九品仏、等々力、用賀も、周囲との違いを簡単に見てとれる。文京区小石川も幅の広い道路が500mだけ。付近とは違和感がある。もちろんこの場所だけではない。多くの箇所で、整理された地区といわゆる木賃ベルトが混在している。

 『東京の都市計画』越沢明著・岩波新書)でこの謎が解けた。
 現在の東京の都市計画街路網の原型は1928(昭和3)年に決定されたが、「人口500万人の時代に計画・設計し、しかも未完成の状態にある道路という根幹的な都市施設を、東京圏人口3000万人の時代に使用しているのである。今日、東京の都市空間が潤いとゆとりにかけるのは、この矛盾が根本的な原因となっている。」という。
 また、東京には都市計画が不在であったとよくいわれる。この意見に対しても、「東京には都市計画は存在した。ただ、当初の計画通りに実行されなかっただけなのである。計画の圧縮・変更のなかでプランナーは努力し、その都度、成果を残した。しかし、その後の世代がその努力を忘れ去り、ただそのストックを利用するのみで、新たなストックを追加することに成功しなかった。これが実態であろう。」とも語る。
 当初の計画、そしてその実行と挫折。この努力の歴史を本書が詳しく紹介している。
 これらが完成していれば、東京はもっと住みやすく、もっと安全な街になっていたことであろう。そう確信した。

 上述の杉並区は、当時の井荻村が土地区画整理事業組合を設立して区画整理にあたったもの。先見性のある地主らが自ら組合をつくって宅地開発をしたのである。1925(大正14)年のことである。
 世田谷区の場合も、地主らが耕地整理組合をつくった。1926(大正15)年3月、玉川村村長・豊田正治が中心となって設立した。中新井村(現・練馬区豊玉・中村)も組合(1933[昭和8]年)によって区画が整理された場所である。
 戦前に、明確なポリシーをもって宅地開発がなされたものには、電鉄系や学校法人系の資本による分譲地開発(田園調布[1918年]、常盤台[1935年]、成城学園[1925]など)と、こうした郊外地主らの区画整理組合によるものと2つの系統があるという。いずれの開発地も今日では高級住宅地になっている。

 関東大震災(1923[大正12]年)以降、人口増加に伴って生活の場は東京郊外に移っていく。これまでの、その場所とともにあった文化(貴族文化や町人文化など)から、不特定多数の集う自由な盛り場の文化に移行し始める。住居と仕事場が分離し、多くの勤め人が盛り場に立ち寄る。ここでは身分は関係ない。いわば近代の特権であった。(鈴木博之「都市の新しい貌」『1920年代の日本展』1988年、朝日新聞社)
宅地の郊外化はこうして加速してゆく。

 因みに上述の文京区小石川の道路は、戦災復興計画の遺産である。環状3号線として幅員約40m、中央分離帯に桜が植えられ美しい並木道になっている。ただ延長は500m。以後の事業化の目処は立っていないようだ。

 話は飛ぶが、2008年4月に閉店した上野駅前の「聚楽」。この聚楽が入っていた上野百貨店の場所は、もともと関東大震災による帝都復興事業によって整備され、美しい石積みの傾斜緑地だったという。これが戦後の露天整理のために、その集団移転先として建てられたものだった。広小路の露天の収容先だったのである。
 渋谷の露天も移転先がなかったため、東急に渋谷地下街を建設させ、そこに収容したものである。今の「しぶちか」である。
 それから、戦災によって生じた燼灰。捨て場がないため、これが道路に溢れ出し、この処理のために不要河川を埋め立てたという。苦肉の策だった。
 本来の都市計画である戦災復興事業にブレーキをかけながら、都市計画とは関係ないこうした露天対策とガラ処理を、都市計画の責任者に押し付けたようである。都知事をはじめ高級官僚など、都市計画に対する無理解によるものだったと想像される。

 「戦災復興事業を大幅に縮小したツケが今日、都市計画の“負の遺産”として重くのしかかっているという事実は厳粛に受け止めなければならない。」

 昔の道や町並みは風情がある。だが、緊急車輛が入れないのでは困る。
 こうした問題は、すぐさま対処しなければならない。
 都市計画には、大きなヴィジョン、グランド・デザインが必要なのだ。



【今回紹介した本】
『東京の都市計画』越沢明
岩波新書
1991年12月20日第1刷発行
1994年11月5日第5刷発行
¥650(本体¥631)(当時)

【著者資料】(当時)
こしざわ・あきら
1952年東京生まれ。
1982年東京大学大学院博士課程修了。工学博士。
長岡造形大学助教授。
専攻は都市計画、社会資本論。
著書に『東京都市計画物語』(日本経済評論社)などがある。


東京の都市計画 (岩波新書)東京の都市計画 (岩波新書)
販売元 : Amazon.co.jp 本
価格 :
[タイトル] 東京の都市計画 (岩波新書)
[著者] 越沢 明
[種類] −
[発売日] 2003-04-18
[出版社] 岩波書店

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posted by 蛇崩緑堂 at 11:05| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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