2010年06月25日

『A Peanuts Book Special featuring SNOOPY――ルーシーの心の相談室』 チャールズ M. シュルツ

 雑誌編集者をしていた頃、アメリカ在住の日本人精神科医と電話で打ち合わせをしていたときに、こんなエピソードを聞いた。
 当地では、日中の診療を終えた精神科医が、帰宅途中に別のカウンセラーを受診することがわりと多い、と言うのである。それほどまでにストレスフルな社会なのか、みんな病んでいるんだと思ったものである。だが、本当の理由はそうではなかった。アメリカでは医師に限らず、金銭に多少の余裕を持った人々は、頻繁にカウンセリングを受けるのが常であるという。心理的な問題に関してのアドバイスを得るために、専門家の意見を参考にするという、実に合理的なスタイルなのであった。

 アメリカでは他人に対して積極的に介入したり、気を遣ったりはしないそうだ。何よりも自分を守ることを最優先にする。自分の身は自分で守り、成功は自らが勝ち取るものとされる。なりたい自分になる、努力とはそのためのものである。徹底した自己責任、自己実現の社会だという。もっとも金銭的な余裕あってのこと。戦争と不況の続く現在は、ちょっと事情が変わっているかも知れない。
  たが、こうした社会では、他人からの同情などはそもそも得られにくい。自分の弱みや心中の思いを他人に曝すことは命取りともなる。心中の思いは、専門家であるカウンセラーにのみ打ち明けるのだ。弱者は弾き出される社会である。カウンセリングは、社会から弾き出されないための自己管理、いわばメンテナンスであるというのが彼らの常識である。

 チャールズ M. シュルツ『Peanuts Book Special featuring SNOOPY――ルーシーの心の相談室』(谷川俊太郎・訳、角川書店)は、Peanuts Seriesの中のテーマ別に構成されたもののひとつ。ルーシーが5セントで「心の相談室」を開き、ここにチャーリー・ブラウンをはじめ仲間たちが相談に来るというわけである。相談室が初めて登場したのは、1959年である。

 アメリカでは、それまでのクライエント(来談者)にアドバイスすることが主眼だったカウンセリングは、1950年代になるとクライエントの成長する力を援助する風潮に変わっていった。指示的な心理療法から非指示的な心理療法への転換である。
 また、家族研究においても、両親の子どもへ与える直接的な影響の研究から、家族内の複雑な相互関係を全体としてとらえようとする動きが始まる。N.W.Ackermanの『The Psychodynamics of Family Life』(Basic Books, New York)が出版されたのもこの前年、1958年であった(※)。
 ルーシーの「心の相談室」はこうした時代に始まっている。
 チャーリー・ブラウンの絶望的な悩みに、的外れなアドバイスをしてしまうこともしょっちゅうだが、ルーシーにはどこか憎めないところがある。漫画だからこそ、微笑ましくも見える。そんな中でも、精神分析的に重要なことも扱っている。「転移」や「夢(無意識)」についての洞察である。詳しく紹介しても面白みが減るだけなので敢えて触れないが、ときとして的を射たシーンも登場するのである。
 ラフな英語の勉強にもなるのも嬉しい。
 そうそう、思い出した。ヘンデルの「メサイア」(すべて英語による歌詞)で、メシア(=キリスト)のことを、“wonderful counselor”と唄っていた。『旧約聖書』「イザヤ書」9章5節にその記述がある。


※翻訳は、小此木啓吾、石原潔・訳で岩崎学術出版社から『家族生活の精神力学』[上・家族関係の理論と診断](’65)/[下・家族関係の病理と治療](’70)


【今回紹介した本】
『A Peanuts Book Special featuring SNOOPY――ルーシーの心の相談室』
チャールズ M. シュルツ 谷川俊太郎・訳
角川書店
平成12年2月25日 初版発
¥952(税別)

【著者資料】
チャールズ・モンロー・シュルツ
1922年、ミネソタ州生まれ。
新聞連載などで「ピーナッツ」を50年にわたって書き続ける。
2000年、永眠。
posted by 蛇崩緑堂 at 13:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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