もちろんその日暮の人々にはまた別のドラマがある。裏長屋に住んでいる人などは、家賃は毎月の晦日、日々の味噌やしょう油、薪はそのつど現金払い。彼らの大晦日は、家中からいかに質種をかき集めるかが勝負になる。
井原西鶴『世間胸算用』は、1692(元禄5)年の正月刊。京、江戸、大坂を舞台に、短編20編、そのすべてが大晦日一日のできごとである。
「大晦日(おおつごもり)は一日千金」とはこの本のサブタイトル。「元日より、胸算用油断なく、一日千金の大晦日をしるべし」(商人たるものは元日から油断なく胸算用して、一日千金ともいうべき大晦日に備えるべきである)[暉峻康隆・訳]ということだ。
なにせ大晦日は“経済的極限状況”で「銭銀(ぜにかね)なくては越されざる、冬と春との峠」なのだから。借金もちは“あらゆる奸計を弄して切り抜けようとする”し、掛取り(借金取り)もそうはさせじと“秘術をつくす”のである。
登場人物は、すべてが無名、そのうち少なくとも9編は典型的な主人公のいない集団描写である。「大衆の運命を描こうとする明確な意志」があるとは、暉峻康隆の指摘するところである。
タコの足を一本ずつ切り取ってごまかし、7本で売っていた男の話。
材木屋の借金取りが、柱の代金を払おうとしない相手の門柱を、大槌で打ち壊そうとする話。
「金ほど一方に片寄るものはない。どういうわけだか、私は金に憎まれました」(暉峻・訳)などと開き直り、あげくの果には謡曲の一節を唄いながら、枕箱を鼓がわりに打って横に寝る男。あっぱれである。
「借金はお大名でもなさる浮世だ。千貫目借りて払わぬからといって、首を切られた例(ためし)はない。あるのに払わずにおられるものか。この大釜に一歩金(いちぶきん)がいっぱいほしいものだ。そうしたら根こそぎ払ってやるのに。」(暉峻・訳)とは、何とも振るっている台詞ではないか。
振手形(小切手)を乱発し、これで支払いもすべて済んだとひと安心。住吉神社に参詣に出かけた男。借金取りもせわしないので、その振手形を支払先に渡し、その人もまたそれで支払うので、仕舞には手形はごちゃごちゃ入り乱れ、結局はみな不渡り手形を握って年を越す。参詣に出かけた男には、豊かな初春である。
そして、こうしたドラマも一夜明けると、常世の松も色鮮やかに、松の常磐の名でもある常盤橋に輝く朝日が、「ゆたかに静かに万民の上を照らし、人々は日本晴れの新春を楽しんでいる」(暉峻・訳)のである。
「哀れにもまたをかし」とは西鶴のことば。決して明るくなく時に絶望的だが、それでも暗くはなく、いつも笑いをともなっている。みごとな悲喜劇といえる。
ところで、西鶴20代前半、江戸時代の年表である『武江年表』の寛文5年(1665)の項にこんなのがある。
「八月、肴(さかな)商人、生鰹(なまがつお)の古きを新しく見せて售(あきな)ふまじき旨、市中へ令せらる」と。
また、『世間胸算用』には、「金銀ほど、片行きのするものはない」(金ほど一方に片寄るものはない)とか、「今の商売の仕(し)かけ、世の偽りの問屋なり」(今時の商売のやり方は、まるで偽りを卸売りする問屋のようなものだ)[ともに暉峻・訳]といった台詞がでてくる。
どこかで聞いたような話である。
【今回紹介した本】
『現代語訳・西鶴 世間胸算用』井原西鶴 暉峻康隆=訳・注
小学館ライブラリー
1992年6月20日 初版第1刷発行
¥820(税込み)
【著者資料】(当時)
暉峻康隆(てるおか・やすたか)
1908年鹿児島県生まれ。
早稲田大学国文学科卒。
同大名誉教授。
※本書は、1977年1月に小学館から刊行された『現代語訳・西鶴全集』(全12巻)より、加筆訂正して独立させたもの。
※蛇崩注:本ブログにおいて、原文は、『世間胸算用』(新潮日本古典集成)[金井寅之助、松原秀江 校注](1989年)に拠った。


現代の借金取りは、「内臓を売れ」だの「保険がおりるから死ね」と、ほとんど鬼畜のような輩で、江戸の掛取りより、よほどたちが悪いですね。とはいうものの、グレー・ゾーンが撤廃されることで、サラ金もついにつぶれるところが、バタバタ出てきました。盛者必衰の理ですか・・・。
昨今は、臓器売れ! 死んで保険金で払え! 果ては、金が取れないから命を奪う。
酷いものです。