2010年08月31日

『日本を決定した百年 附・思出す侭』吉田茂

 しかし日本はどうなってしまったのだろう。政権はコロコロと代わり、重要な法案も通らず、時の政府はすべて有言不実行だった。そしてリーダーシップが皆無であった人が責任を取って辞任したと思ったら、またぞろ表舞台にしゃしゃり出て、公然と力を発揮しようとしている。彼は、総理経験者が隠然と力を振るうことは好ましくない、そう言ったはずだった。
 お蔭で日本は大きく揺れ、その余波をもろに被ったのは、生活者である。停滞が長引くほど、毒が体中に行き渡る。じきに取り返しがつかなくなる。

「国会の運営などにおいても利権、政権によって政党が出所進退を二、三にし曖昧にし、主義、政策によらずして政党が動き政権を目指して離合集散すれば、自由国家からの尊敬は期待できないのみならず、甚しき軽蔑の念を以て迎えられるだろう。……中略……もし政策によらずしてただ政権のためのみの合同を目指すのだったら、わが国の政治はむしろ自由国家の軽蔑を買うこととなろう。」

「民主政治は自ら持すること高く(ディグニティ)、反対党に対して寛大(マグナニミティ)をもってのぞみ、譲るべきは譲り、責むべきは責め、いわゆるその争や君子なりであることが、その理想でなければならぬ。逆に自己を責むることに寛大で、他党に対しては苛酷なるにおいては、民主政治の円満なる運用は期し難い。」

「要するに政治の運用は人にある。政治を統率する政治家が常に国家の重きに任じ公平に処理することが政治の要諦であると考える。指導者が私心をさしはさみ、政権にのみ執着し、強固な意思方針なく朝夕政策動揺して国民の信頼感を失わしめつつある如き場合は円満なる民主政治の運用は期し難いのである。」

 吉田茂『日本を決定した百年 附・思出す侭』(中公文庫)にこうある。
 その他、外交、防衛、経済、財政などに関する記述は、驚くほど現在の日本にも通用するのみならず、指針を与えるものとなっている。社会的・政治的な背景の異同もさることながら、何やらこの辺に日本人の変わらなさ(どうしようもなさ)があるのかも知れない。
上の言葉は、まさに今の状況を批判しているようだ。

 「日本を決定した百年」は、エンサイクロペディア・ブリタニカの百科事典付録の補遺年鑑の巻頭論文として執筆されたもの。それを日本経済新聞社から刊行するにあたり、編集部が付録として「外国人が見た近代日本」を加えた。文庫化に際しては、さらに『時事新報』連載の「思出す侭」を合わせた。
 吉田茂の肉声が聞こえる。


【今回紹介した本】
『日本を決定した百年 附・思出す侭』吉田茂
中公文庫
1999年12月18日 初版発行
2007年7月30日 再販発行
¥743+税

【著者資料】
吉田茂(よしだ・しげる)
明治11(1878)年、東京生まれ。
39年、東京帝国大学法科を卒業、外務省に入省。
天津・奉天の総領事、昭和3年田中内閣の外務次官、駐伊・駐英大使などを歴任し、14年退官。
戦後、東久邇・幣原内閣の外相。21年自由党総裁となり第一次吉田内閣を組閣、日本国憲法制定、第二次農地改革にあたる。片山・芦田内閣のあと、23年から29年まで第二〜第五次の内閣を組閣。その間、サンフランシスコ講和会議に出席し、対日平和条約・日米安保条約に調印する。
42(1967)年没、国葬。
posted by 蛇崩緑堂 at 11:18| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

『A Peanuts Book Special featuring SNOOPY――ルーシーの心の相談室』 チャールズ M. シュルツ

 雑誌編集者をしていた頃、アメリカ在住の日本人精神科医と電話で打ち合わせをしていたときに、こんなエピソードを聞いた。
 当地では、日中の診療を終えた精神科医が、帰宅途中に別のカウンセラーを受診することがわりと多い、と言うのである。それほどまでにストレスフルな社会なのか、みんな病んでいるんだと思ったものである。だが、本当の理由はそうではなかった。アメリカでは医師に限らず、金銭に多少の余裕を持った人々は、頻繁にカウンセリングを受けるのが常であるという。心理的な問題に関してのアドバイスを得るために、専門家の意見を参考にするという、実に合理的なスタイルなのであった。

 アメリカでは他人に対して積極的に介入したり、気を遣ったりはしないそうだ。何よりも自分を守ることを最優先にする。自分の身は自分で守り、成功は自らが勝ち取るものとされる。なりたい自分になる、努力とはそのためのものである。徹底した自己責任、自己実現の社会だという。もっとも金銭的な余裕あってのこと。戦争と不況の続く現在は、ちょっと事情が変わっているかも知れない。
  たが、こうした社会では、他人からの同情などはそもそも得られにくい。自分の弱みや心中の思いを他人に曝すことは命取りともなる。心中の思いは、専門家であるカウンセラーにのみ打ち明けるのだ。弱者は弾き出される社会である。カウンセリングは、社会から弾き出されないための自己管理、いわばメンテナンスであるというのが彼らの常識である。

 チャールズ M. シュルツ『Peanuts Book Special featuring SNOOPY――ルーシーの心の相談室』(谷川俊太郎・訳、角川書店)は、Peanuts Seriesの中のテーマ別に構成されたもののひとつ。ルーシーが5セントで「心の相談室」を開き、ここにチャーリー・ブラウンをはじめ仲間たちが相談に来るというわけである。相談室が初めて登場したのは、1959年である。

 アメリカでは、それまでのクライエント(来談者)にアドバイスすることが主眼だったカウンセリングは、1950年代になるとクライエントの成長する力を援助する風潮に変わっていった。指示的な心理療法から非指示的な心理療法への転換である。
 また、家族研究においても、両親の子どもへ与える直接的な影響の研究から、家族内の複雑な相互関係を全体としてとらえようとする動きが始まる。N.W.Ackermanの『The Psychodynamics of Family Life』(Basic Books, New York)が出版されたのもこの前年、1958年であった(※)。
 ルーシーの「心の相談室」はこうした時代に始まっている。
 チャーリー・ブラウンの絶望的な悩みに、的外れなアドバイスをしてしまうこともしょっちゅうだが、ルーシーにはどこか憎めないところがある。漫画だからこそ、微笑ましくも見える。そんな中でも、精神分析的に重要なことも扱っている。「転移」や「夢(無意識)」についての洞察である。詳しく紹介しても面白みが減るだけなので敢えて触れないが、ときとして的を射たシーンも登場するのである。
 ラフな英語の勉強にもなるのも嬉しい。
 そうそう、思い出した。ヘンデルの「メサイア」(すべて英語による歌詞)で、メシア(=キリスト)のことを、“wonderful counselor”と唄っていた。『旧約聖書』「イザヤ書」9章5節にその記述がある。


※翻訳は、小此木啓吾、石原潔・訳で岩崎学術出版社から『家族生活の精神力学』[上・家族関係の理論と診断](’65)/[下・家族関係の病理と治療](’70)


【今回紹介した本】
『A Peanuts Book Special featuring SNOOPY――ルーシーの心の相談室』
チャールズ M. シュルツ 谷川俊太郎・訳
角川書店
平成12年2月25日 初版発
¥952(税別)

【著者資料】
チャールズ・モンロー・シュルツ
1922年、ミネソタ州生まれ。
新聞連載などで「ピーナッツ」を50年にわたって書き続ける。
2000年、永眠。
posted by 蛇崩緑堂 at 13:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

『笑いと異装』飯島吉晴

 名古屋市の熱田神宮にある文化殿には、多くの宝物が展示されている。木造の舞楽面では、「納曽利(なそり)」1面(平安時代)、「抜頭(ばとう)」1面(平安時代)、「陵王」1面(鎌倉時代)、これらはいずれも重要文化財である。また、「桐鳳凰蒔絵鏡箱」1合(室町時代)、これも重要文化財である。
 残念ながら熱田神宮を訪れる機会はこれまでなかったが、「桐鳳凰蒔絵鏡箱」はかつて東京の展覧会にて鑑賞することが出来た。絢爛豪華な蒔絵作品に息を呑んだ記憶がある。是非、舞楽面ともども、彼の地を訪れこの目で見てみたいものである。

 毎年5月、熱田神宮では「酔笑人神事(えよおうどしんじ)」というお祭りがとり行なわれる。境内の灯りをすべて消した闇の中で「オッホオッホ」と高笑いする儀式である。闇夜の笑いは恐怖である。
 熱田神宮といえば、三種の神器のひとつ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」の鎮座をその始まりとして有名である。日本武尊(やまとたけるのみこと)が神剣を留め置いたまま、いまの三重県で死去したことから、妻の宮簀媛命(みやすひめのみこと)が神剣を熱田の地にお祀りされたのが始まりである。
 ところがこの神剣が盗難に遭い、一時、宮中で保管されていた。ようやく神剣が熱田に戻ることになり、それを喜んだのが「酔笑人神事」であるといわれている。しかし、よほど嬉しかったのであろう。闇夜の中でも高笑いとは。

 だが蛇崩にはちょっと気にかかることがある。この儀式は単に嬉しさのみを表す神事なのだろうかということだ。闇夜の中の笑いは恐怖でもあるとさきに書いた。むしろ、闇夜という恐怖に笑いをとどろかせ、未知(異界)という恐怖を笑いによって笑い飛ばす。未知の恐怖に笑いという形式を与えることで可知のものとし、私たちの知の体系に組み込もうとしているのではないか。

 飯島吉晴『笑いと異装』(海鳴社)を読んでいて、そんなヒントを戴いたような気がする。
「猿地蔵」として知られる物語がある。良いお爺さんはお地蔵さんと間違われ宝物をもらうのだが、悪いお爺さんは川を渡るときに笑ってしまい、人間であることが猿にバレてひどい目に遭うというお話であった。だいぶ端折ってしまったが、要は異界(死の国といっても良いだろう)に入るときは笑いは禁止され、逆に生への参入(誕生)は笑いによってもたらされることが窺われる。

 「酔笑人神事」も、神剣の返還、つまり神剣の再びのこの地での誕生を、笑いによって招来するという意味が込められていたのではなかったろうか。もちろん、嬉しさも込めて。感情としての笑いと、儀式化された笑いが併存しているのが、この儀式なのだと蛇崩は考えるのである。

 笑いには未知を可知にする力があると同時に、その反面、秩序を転換させ、混沌を引き起こす作用もある。笑いはいわば、この世と異界との媒介でもあるのだ。


【今回紹介した本】
『笑いと異装』(MONAD BOOKS 43)飯島吉晴
海鳴社
1985年発行
¥500(本体)

【著者資料】(当時)
飯島吉晴(いいじま・よしはる)
筑波大学歴史人類学系・民俗学
posted by 蛇崩緑堂 at 10:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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