2009年06月21日

『今日からすぐに実践できる 精神科医の栄養療法――メンタルケアのための栄養レッスン』佐藤安紀子

 先頃亡くなられたカナダの医師、エイブラム・ホッファー博士(1917−2009)の名を知る人はあまりいないだろう。「分子整合(精神)医学」のパイオニアとして、その世界では非常に著名な医学者である。
 「分子整合(精神)医学」とは、「栄養」が分子レベルで脳(生体機能)にどのように作用しているかを研究する学問であり、その理論と知見をもとに「栄養療法」を実践している。驚いたことに、重い精神疾患に対しても、高い効果を発揮しているというのである。
 “驚いたことに”と云ったのは、「精神疾患」と「栄養」がどんなふうに結びつくのかがイメージできなかったからである。抗精神薬は分子レベルで脳に作用するため精神に何らかの効果をもたらす。「栄養」も当然ながら、分子レベルで脳に何らかの効果をもたらすはずだ。ホッファー博士らはそれまでの臨床観察から、ビタミンB3(ナイアシン)を統合失調症患者に処方しはじめ、効果の有用性を明らかにした。
 栄養は心の病にも影響するというのだ。しかも薬物療法にくらべ、より自然でゆるやかに作用するのである。

 こうした観点に立って、実際に精神科臨床に栄養療法を取り入れている医師の手になる入門編とも云うべき本が出版された。佐藤安紀子『精神科医の栄養療法』(BABジャパン)である。
 精神疾患の患者のなかには、栄養障害が進行している人が結構いるようで、そういう人たちは必ず血糖の調節障害が伴っているという。したがって先ずは血糖の調節を正常範囲に戻し、そこから栄養療法を開始し、徐々に薬の量を減らしていき、症状を軽くあるいは病状の改善をはかっている。本書では多くの治療ケースも紹介されている。
 ここでの栄養療法は、砂糖を極力控えること、そして良質なタンパク質を栄養の基礎としてとらえることが胆である。この点に関しての理由は、本書でやさしく説明されている。

 分子整合医学というと難解なイメージが付きまとうが、本書はさにあらず。かなり分かりやすく解説している。もちろん、対象は精神疾患に限らない。誰もが実践でき、持続可能なより良い生活習慣のために開かれている。外食やコンビニ食の場合にも使える栄養療法的“食のアドバイス”もあり、なおかつ今すぐ実践できる栄養療法の「基本&簡単レシピ」も紹介されている(じつは蛇崩もレシピ製作に関わっている)。

 現代人は「糖質依存症」だと著者は言う。これまでの間違った食事療法を続けていては、負のスパイラルに落ち込み、より糖質への依存度が増してしまうだろう。あるいは過度にバランスを欠いた食生活になってしまうだろう。
 そこから抜け出す方法がここにあった。



【今回紹介した本】
『今日からすぐに実践できる 精神科医の栄養療法――メンタルケアのための栄養レッスン』佐藤安紀子 監修・溝口徹
BABジャパン
2009年5月20日 初版第1刷発行
¥1,400+税

【著者資料】
さとう・あきこ
精神科医。1992年、防衛医科大学校卒業。防衛医大病院、自衛隊中央病院精神科にて勤務後、「ストレス緩和ルーム」主宰を経て、新宿溝口クリニックにて診療を行なっている。
posted by 蛇崩緑堂 at 15:14| 東京 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

『蜀山残雨――大田南畝と江戸文明』野口武彦

 世の中は 色と酒とが 敵なり どふぞ敵に めぐりあいたい

 南畝大田直次郎というより「蜀山人」と言った方が通りはいいかも知れない。とはいえ、上の狂歌は「四方赤良」を名乗っていた時代の作である。酒好きの南畝にあって、いつも周囲は赤ら顔ばかり、もちろん名乗った自分もご多分にもれず。それでこうした狂名をつけたのであろう。

 寛延2年(1749)に生まれ、文政6年(1823)に75歳の生涯を終えた南畝。「四方赤良」はそれまで親しんできた漢詩を崩したことで一躍有名になり、狂歌にも活動を拡げ、押しも押されもせぬ時代の寵児となった時期の名である。明和・安永・天明期、いわゆる田沼時代であった。
 その後、寛政の改革によって風俗矯正・出版統制が厳しく行なわれ、南畝のまわりにも司直の手が伸びていた。酒上不埒(さけのうえの・ふらち)の狂名で知られた恋川春町(こいかわ・はるまち)は『鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)』で幕政を揶揄したかどで、お上から召喚状が下された。病気を理由に自宅に引き籠っていたが、数ヶ月後に亡くなった。自殺という見方もある。また、以前から眼をつけられていた山東京伝もついに手鎖五十日となってしまった。
 ちなみに、恋川春町は小石川春日町に住んでいたことから「し」と「ひ(日)」をとって「こいかわ・はるまち」に、酒癖がひどかったことから「さけのうえの・ふらち」と名乗った。
また、“文武”で思い出した。

 世の中は 蚊ほど煩(ウル)さき ものはなし 文武文武(ブンブブンブ)と 夜も寝られず

この有名な狂歌は大田南畝の作ではない。南畝『一話一言』に「コレ太田ノ戯歌ニアラズ偽作ナリ」とある。上手い戯歌ならばすべて南畝が作ったもの、と誰もが思っていたほど、彼の人気と実力は広く知られていたのだろう。しかしながら、幕政批判で仲間がことごとく処分されていたのだから、南畝自身も心中穏やかではなかっただろう。いい迷惑と思っていたかも知れない。

 南畝はこの時期の自粛の時代をへて、大坂銅座に出張する。銅の異称である「蜀山居士」から「蜀山人」と名乗った。大坂在中に上田秋成にも会っている。
 こうした南畝の生涯を論じたのが野口武彦『蜀山残雨』(新潮社)である。まさに「評伝」の名にふさわしい。あまたの資料から紡ぎ、撚り、ひとつの織物に仕立て上げるこの手さばきは鮮やかというより他ない。タイトルもいい。“残雨”の余韻が静かに漂っている。蛇崩れにとっては、「評伝」の手本としたい名品である。

 それにしても、南畝の洒落もさることながら、仲間の狂名も振るっている。先の「酒上不埒」をはじめ、
「元木網」(もとの・もくあみ)[京橋で銭湯を経営]
「知恵内子」(ちえの・ないし)[元木網の妻]
「朱楽菅江」(あけら・かんこう)[与力]
「加部仲塗」(かべの・なかぬり)[左官の棟梁]
「蔦唐丸」(つたの・からまる)[版元・蔦屋重三郎]

じつにあっけらかんとして愛すべき名ばかりである。
 皆と夜っぴで呑み明かしたいものだ。
 落語「備前徳利」から、

 酒のない 国へ行きたい 二日酔い 三日目にはまた 帰りたくなる



【今回紹介した本】
『蜀山残雨――大田南畝と江戸文明』野口武彦
新潮社
2003年12月20日 発行
¥2,000(税別)

【著者資料】
のぐち・たけひこ
文芸評論家。1937年、東京生まれ。早稲田大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退。神戸大学助教授、教授を歴任。主な著書に『江戸の歴史家』(ちくま学芸文庫)、『「源氏物語」を江戸から読む』(講談社学術文庫)などがある。
posted by 蛇崩緑堂 at 12:00| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月30日

『あったかもしれない日本――幻の都市建築史』橋爪紳也

 実現しなかったプロジェクトは、それこそ無数にあるだろう。そんな“あったかもしれない”都市計画や開発、建築物の設計――忘れ去られた「構想」を紹介したのが、橋爪紳也『あったかもしれない日本――幻の都市建築史』(紀伊國屋書店)である。
 関東大震災のモニュメントや甲子園の秘話、日本海−琵琶湖−大坂を結ぶ大運河計画、昭和15年(皇紀2600年)の万博とオリンピックなどなど、あまたの幻のプロジェクトである。
 資金の問題や社会的な事情からなしえなかった計画だが、しかしながら、「先人の『構想力』『空想力』を識ることから、私たちは未来の都市に関わるビジョンを描く営為の本質を学ぶことができる」のである。
 なるほど、各々の設計や計画には大きな「夢」が見て取れる。そこからは理想に向かってのひたむきさが、ひしひしと伝わってくる。何よりもビジョンがある。昨今の無秩序ともいえる開発とは雲泥の差である。
 まさに「ビジョンを描く営為の本質」がここにある。
 見習いたいものである。

 ここに僅かばかりの頁を割いて「忠霊塔」のデザインが紹介されている。
 昭和14(1939)年に発足した財団法人大日本忠霊顕彰会が募集した「忠霊塔」のデザインである。納骨堂を備え、皇戦に捧げた英霊を祀り、この犠牲精神を高調する。日本各地で実際に建てられた塔は、競技設計で入選したものをその土地の事情に応じて変更されたようだが、どの入選した設計も似通っている。
 確かに幼かったころ、近所に同様の塔があった。小学校に上がったばかりの蛇崩たちは、「ちゅうれっとう」と呼び親しんでいて、よくここで遊んだものである。壁をよじ登ろうとして、大人に叱られることもしょっちゅうであった。
年に一、二度、塔の中が公開された。戦死者たちのお骨や髑髏が並んでいたのを見た時にはゾッとした。それ以来、二度と入らなかった。肝試しの格好の場所になった。
 その後、何らかの事情で広場を含むこの忠霊塔は立ち入り禁止となってしまった。その頃は、「仏舎利塔」と名前が変わっていたように思う。
 多くの忠霊塔は戦後に壊され、跡形もなくなってしまったようだが、蛇崩の生まれ育った場所ではそのまま残ったのだろうか。その後、新たに化粧が施され、小奇麗な塔にリフォームされたようだ。
 現在も同じ場所から街を見下ろしている。



【今回紹介した本】
『あったかもしれない日本――幻の都市建築史』橋爪紳也
2005年11月9日 第1刷発行
¥2,200(+税)

【著者資料】
はしづめ・しんや
1960年、大阪市生まれ。
京都大学工学部建築学科卒。
大阪市立大学大学院文学研究科助教授。
建築史・都市文化論専攻。工学博士。
posted by 蛇崩緑堂 at 09:32| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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